Excelと業務システムはどう住み分けるのか|脱Excelを目的にしない

「そろそろこのExcel、システムに入れましょう」——会議でそう提案されて、内心「別に今のままでいいのに」と思ったことはありませんか。逆に、毎週の進捗を追うExcelが更新のたびに数字がずれて、誰かが「これ、どっちが正しいの」と聞き直します。そんな場面にも心当たりがあるはずです。
物流と製造の現場を見てきた立場から言うと、この2つは同じ問題の裏表です。「脱Excel」を目的にすると、Excelが得意なことまで無理にシステムへ運んでしまい、かえって仕事が重くなります。Excelのままでいいものと、システムに載せるべきものを、どう見分けるか。現場の言葉でお話しします。
まず1分だけ|「脱Excel」という言葉が指しているもの
「脱Excel」とは、多くの場合、一人の手元にあるファイルを、複数人が同時に正しく使える業務システムに置き換えることを指します。ねらい自体は間違っていません。ただし言葉が独り歩きすると、Excelを使っている状態そのものが悪者になり、Excelが向いている作業まで巻き添えにしてしまいます。ここを分けて考えることが、この先の話の軸になります。
Excelでよいものと、システムに載せるべきものの境界
見分ける基準は、突き詰めると2つだけです。ひとつは、その情報が複数人の判断の土台になっているか。もうひとつは、後から「いつ・誰が・何を変えたか」という履歴が要るか。この2つのどちらにも当てはまらないなら、無理にシステムへ運ぶ必要はありません。
たとえば、来月の受注見込みをつかむための試算Excelは、担当者がその場で数字を動かしながら仮説を確かめるための道具です。前提が変われば翌週には作り直しますし、誰かに共有した瞬間に役目を終えることも珍しくありません。一方、工場の日々の生産数と出荷予定をまとめたExcelは、営業も製造も物流も同じ数字を見て動きます。前者は消えてなくなってよい試算、後者は業務の背骨です。この違いが、判断表の土台になっています。
情報の性質 | Excelでよい | システムに載せる | 理由 |
|---|---|---|---|
その場限りの試算・シミュレーション | ○ | — | 一人の手元で完結し、判断材料はその日のうちに役目を終える |
案件ごとに様式が毎回変わる資料 | ○ | — | 型を固定するシステムは、むしろ自由度を奪ってしまう |
複数部署が見て動く在庫・進捗の数字 | — | ○ | 更新が止まった瞬間、他部署の判断も一緒に止まる |
後から経緯を追う必要がある記録 | — | ○ | Excelは上書きが基本で、変更の履歴が残らない |
複数拠点・複数人が同時に入力する台帳 | — | ○ | 同時編集の衝突と版ずれは、Excelの構造そのものの弱点 |
この境界のうち、いちばん見落とされやすいのが上の表の下2段です。複数拠点・複数人が同時に触る台帳は、担当者の善意や慣れではもう支えきれない領域に入っています。中小製造業の生産管理|Excelの限界はどこで来るのかで書いたとおり、生産の日々の数字はまさにこの型に当てはまります。
Excelに残すなら、守るべき条件
判断表で「Excelでよい」に分類されたものも、放置していいわけではありません。試算用のファイルであっても、次の条件がひとつでも崩れたら、システムへの移行を考えるサインだと私は見ています。
- 更新できる人を一人に絞らない:担当者が不在の日に更新が止まるなら、すでにExcelの限界を超えています。
- 「見るだけの人」と「書き換える人」を分ける:誰でも触れる状態は、知らないうちに数式が壊れる原因になります。
- 最新版がどれか、迷わず分かるようにする:ファイル名の末尾に日付が並んでいく運用は、すでに黄信号です。
- 「この状態になったら移行する」をあらかじめ決めておく:関わる人数、更新頻度、履歴が必要になった時点のいずれかで、あらかじめ線を引いておきます。
- 複雑な数式をブラックボックス化させない:作った本人にしか読めない数式は、その時点でもう「一人しか更新できない」状態と同じです。
ただし、システムに載せると決めた瞬間に安心するのは早いと思います。Excelで別々に管理していた在庫と受注をそのままの形でシステムに移しただけでは、部署間の情報がつながっていない構造ごと引っ越してしまいます。基幹システム刷新は“新しくすれば解決”じゃないで書いたとおり、道具を変えても目的が曖昧なままでは、同じ混乱が新しい画面の中でそのまま再現されるだけです。
一段深く|危ないのはExcelそのものではない
生産管理や物流の現場を見ていて感じるのは、Excelを使っていること自体が問題ではないということです。危険度を決めているのは、そのExcelが業務の中心になっているかどうか、という一点です。同じ表でも、一人が試算して終わるファイルと、更新が止まった瞬間に他部署の仕事まで止まるファイルとでは、危うさがまったく違います。
後者に共通しているのは、更新できる人が実質一人しかいないのに、全員がその数字を見て動いているという状態です。担当者が休んだ日に発注が止まり、出荷の順番が狂います。こうした場面は、システムの有無ではなく、そのファイルが業務の中でどこに置かれているかで起きています。
見分け方は難しくありません。そのExcelを開いている担当者に、「今日これの更新が止まったら、誰が困りますか」と聞いてみてください。答えが「特に誰も」であれば、それはまだ試算の側です。複数の部署名が挙がるなら、そのExcelはもう業務の中心に座っています。
これは、目の前の道具を疑う前に「この情報は誰の判断を支えているのか」から考え直す、デザイン思考の姿勢と重なります。「Excelをやめる」ことを目的にすると、見た目や関数の複雑さにばかり目が行きます。でも本当に見るべきは、そのファイルが一人の判断材料なのか、複数人の判断の土台なのか、です。
業務可視化とは?“見えればいい”じゃないで触れたとおり、見える化は「見えている」だけでは終わりません。誰が何を根拠に動くかまで含めて設計して、初めて機能します。Excelの置き場所を見直すことは、その設計のごく小さな、しかし確実な一歩です。
よくある質問
Q. 一部の業務だけExcelを残すのは、中途半端ではありませんか。
A. 中途半端ではありません。業務ごとに情報の性質が違う以上、システムとExcelが共存するのは自然な状態です。問題になるのは「どちらかに統一しよう」と考えること自体で、判断表の基準に沿って情報ごとに置き場所を決めれば、共存はそのまま合理的な設計になります。
Q. どこから手を付ければいいですか。
A. まず、複数人が見て動いている業務用Excelを洗い出してください。そのうえで、更新できる人が一人しかいないものから順に、判断表の基準と照らして移行を検討するのが最短です。試算用のExcelにまで手を広げる必要はありません。
まとめ
「脱Excel」を目標にすると、Excelが得意な試算やその場の集計まで巻き込んでしまい、かえって仕事が重くなります。見分ける基準はシンプルで、その情報が複数人の判断の土台になっているか、履歴が要るか。この2つに当てはまらないものは、無理にシステムへ運ばなくて構いません。まずは、社内で誰か一人しか更新できないのに全員が見ているExcelがどれか、書き出すところから始めてみてください。
Excelとシステムの住み分けや、自社に合った基幹システムの選び方については、お問い合わせからお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人
小林悠真(こばやし・ゆうま)/LF&L株式会社 代表取締役。九州大学で音響設計・音楽マネジメントを学びデザイン思考を培った後、ヤマトシステム開発・バンテックで物流/生産管理、ラクスル等のITスタートアップで事業開発・SCM構築を経験。製造業・物流業のDXコンサルタントとして、現場の1歩から経営システムまでの全体最適を支援する。テューバ奏者・LFコンサート代表理事も兼務。