LF&L株式会社
コラムその常識、ちょっと待った

ペーパーレスは“紙をなくす”ことじゃない|先に決める3つ

ペーパーレスは“紙をなくす”ことじゃない|先に決める3つ

ペーパーレス化と聞くと、紙の書類を全部スキャンしてシュレッダーにかける場面を思い浮かべませんか。判子は電子印影に、指示書はタブレットに置き換えれば、それで完了だと思われがちです。ところが実際に進めてみると、承認が止まったり、現場が回らなくなったりして、いつのまにかどこかでまた紙が生まれています。物流や製造の現場を見てきた立場から言うと、これは珍しい話ではありません。

私の目には、ペーパーレスのつまずきはたいてい同じところで起きます。紙を「なくす」ことに気を取られて、その紙が何をしていたのかを、誰も分解していません。

ペーパーレスとは:まず1分だけ

ペーパーレスとは、業務で使う紙の書類や帳票を電子データに置き換え、印刷・保管・輸送のコストと手間を減らす取り組みです。稟議書、作業指示書、検収伝票、点検記録などが代表例です。目的はコスト削減だけでなく、検索のしやすさや共有の速さを上げることにもあります。ここまでは、どの解説にも書いてある内容です。

紙は「情報の入れ物」だけではない

紙をなくそうとするとき、多くの人は紙を一つの機能だと考えがちです。情報を書いて渡す道具だという理解です。ですが現場で紙を観察すると、同じ一枚が同時にいくつもの仕事をしていることに気づきます。

たとえば製造現場の作業指示書を見てみましょう。そこには作業手順という情報が書いてあります。同時に、班長が確認印を押せば承認の証跡になり、作業者がポケットに入れて機械の前まで持ち歩けば持ち運べる指示になり、壁に貼っておけば今日やることを思い出させる記憶の外部装置にもなります。一枚の紙が、四つの役を同時にこなしているのです。ここを分けずに紙をやめると、四つの機能を同時に失うことになります。

紙が担っていた機能を分解する

そこで私が現場で最初にやるのは、紙一枚を機能ごとに分けることです。業務可視化とはで書いたとおり、見えない仕事を見える形にする作業と同じで、紙も何を運んでいるかを可視化してから手を付けます。整理すると、次のようになります。

紙が担っていた機能

具体例

電子で代替できるか

必要になる別の仕組み

情報の入れ物

見積書の写し、点検記録の記入欄

できる(そのまま)

共有フォルダやデータベースへの置き換えのみ

承認の証跡

稟議書の押印、検収印

できるが条件付き

誰がいつ承認したかを残すワークフロー、改ざんを防ぐ仕組み

持ち運べる作業指示

現場に持ち歩く手順書、チェックリスト

環境次第

耐久性のある端末、電波の届かない場所でも使えるオフライン対応

記憶の外部化

壁に貼る掲示、机上の付箋

単純な置き換えは難しい

目に留まる場所に情報を出す運用、通知や掲示板の設計

表の左から右へ進むほど、必要なものは、データを電子化するだけの話から、新しい仕組みをつくる話へと変わっていきます。ここを混同したまま一律にデータ化を進めると、上の二段は残っても、下の二段が宙に浮いてしまいます。上の二段だけを見て「うちはもうペーパーレスにした」と思っても、現場では承認待ちや紙の指示書が形を変えて残り続けることになります。

承認の証跡と、持ち運べる指示は置き換え方が違う

承認の証跡は、押印を消しても消えない

紙をなくす計画で一番よくつまずくのが、この承認の部分です。押印欄をなくして電子メールでの承認に変えただけでは、実は仕事を減らせていません。誰が、いつ、何を根拠に承認したかという記録が、受信箱のどこかに散らばるだけだからです。監査や後日の確認で困るのはここで、結局、念のため印刷して保管しておこうという紙が、裏で生まれます。承認そのものをなくすのではなく、承認の記録の残し方を電子の形でつくり直すことが必要です。

持ち運べる指示と、記憶の外部化

現場に持ち歩く指示書も、同じ理由でつまずきます。タブレットを配っても、手が汚れる作業や、電波の弱い倉庫の奥では画面が使いにくく、結局、朝礼のたびに紙へ印刷し直す運用が復活します。これは現場の怠慢ではなく、道具に求められる条件が変わっただけです。業務フロー図の作り方で流れを書き出すと、指示がどの場所でどう使われているかが見えて、必要な端末や運用が具体的に決まります。

付箋や掲示は、もっと見落とされがちです。今日のライン変更を壁に貼っておくのは、記録というより視界に入れておくための仕掛けです。フォルダの奥にデータを置いても、探しに行かない限り目には入りません。ここは電子データそのものより、目に留まる場所に情報を出す設計が必要です。

始める前に、先に決めておきたい3つ

紙が担っていた機能を分けると、着手する前に決めておくべきことも見えてきます。情報の入れ物としての紙は、迷わず電子化して構いません。悩む価値があるのは、残りの三つです。

  • 承認の残し方:誰が、いつ、何を根拠に承認したかを、どこで、どう残すか。押印の代わりを決めないまま進めると、承認だけが宙に浮きます。
  • 現場での持ち歩き方:手が汚れる、電波が弱い、画面より紙が速い、といった現場の制約に耐える手段を用意できるか。用意できない工程は、無理に電子化しない判断もあります。
  • 目に留まる仕組み:フォルダの奥に電子データを置くだけでは、掲示や付箋の役目は果たせません。誰の目に、どのタイミングで入れるかを設計しておきます。

この三つを先に決めておけば、電子化そのものはあとからでも進められます。順番を逆にすると、決めるべきことが後回しになったまま道具だけが変わり、現場でまた紙が生まれます。

一段深く:デザイン思考で見直す

ここから先は、コンサルの現場で見てきた構造の見立てです。紙が残る場所には、たいてい理由があります。承認が欲しい、持ち歩きたい、目に入れておきたい、という理由です。その理由を確かめないまま紙を禁止にすると、理由そのものは消えないので、別の場所に別の紙が生まれます。会議室の隅にできる手書きメモの束、休憩室の壁に貼られたコピー用紙。かたちを変えただけで、同じ仕事をする紙が復活するのです。

デザイン思考の基本は、今ある道具を前提にせず、目的から設計しなおすことです。紙をなくすこと自体を目的にすると、機能を見落とします。まず、この紙は何のためにここにあるのかを分解し、機能ごとに必要な仕組みを当てはめていきます。業務改善の進め方でも触れているとおり、順番を間違えなければ、ペーパーレス化は道具の入れ替えではなく、業務そのものを整える機会になります。

よくある質問

Q. 紙を完全になくすことを目標にするべきですか。

A. 目標にしなくて大丈夫です。ゼロ枚数を掲げると、機能を潰してしまいます。まずは紙一枚ごとに、情報・承認・持ち運び・記憶のどれを担っているかを分け、代替できる部分から進めれば十分です。

Q. どこから手をつければいいですか。

A. まずは一つの帳票を選び、上の表のように機能を書き出してみてください。承認や持ち運びの要素が絡む帳票ほど、単純なスキャンでは済まないことが、早い段階で見えてきます。

まとめ

ペーパーレスは、紙を消す事ではありません。紙が果たしていた情報・承認・持ち運び・記憶という機能を、一つずつ電子や別の仕組みに引き継いでいく作業です。全部を一度に置き換えようとしなくて大丈夫です。まずは手元の一枚を、機能ごとに分けてみてください。

この記事を書いた人

小林悠真(こばやし・ゆうま)/LF&L株式会社 代表取締役。九州大学で音響設計・音楽マネジメントを学びデザイン思考を培った後、ヤマトシステム開発・バンテックで物流/生産管理、ラクスル等のITスタートアップで事業開発・SCM構築を経験。製造業・物流業のDXコンサルタントとして、現場の1歩から経営システムまでの全体最適を支援する。テューバ奏者・LFコンサート代表理事も兼務。

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